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『「聖なるもの」を大切にする心』




「聖なるもの」を大切にする心


真理を伝え、日本の「お立てなおし」を

日本には教育と情報、世間の常識などの洗脳を受けて、「宗教的なもの」「信仰」というものを、恥ずかしいことのように思う風潮があります。

敗戦の痛手を、経済復興では回復したけれど、やはりそれを通り越して、もう一段、人間として大事なものを求める心を育てなければいけません。


今、やりたいのは、この国の「お立て直し」です。

伝道し、真理を伝えておられる皆様一人ひとりが、国づくりのもとになっているということを、忘れないでいただきたいのです。


人々が信仰心を持ち、礼節に基づいた明るい生活ができるように、お互いに助け合える生活ができるように、していきたいと思います。


正しい言葉に耳を傾けるような国に、

早くしなければいけません。



大川隆法総裁 2011年6月19日 徳島南支部精舎説法「聖なるものを大切にする心」より


仕事と愛―スーパーエリートの条件


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『病気を治す心構え』

「奇跡のガン克服法」 未知なる治癒力のめざめ


病気を治す心構え


信じる心が、奇跡を起こす

肉体は、上手に使えば使命が果たせるまでは役にたつようになっています。

ただ、肉体的なところと精神的なところに負荷がかかりすぎる場合に、そこに異変が起きることがあります。


人間として正しい人生観を持たず、仏法心理的な考え方を受け入れないで、動物的な生き方をしている人は、割に多いと思います。

こうした無明の生き方をしていると。心に何らかの曇りができてきます。

そのうち、精神と体に異常が出てくるようになるのです。


ですから、信じるということの大切さを知っていただきたいのです。

それによって、心と体の調和、中道の生き方を学び、人生行路を正すことができます。

神仏の光をストレートに受け入れるような体に変わっていくと思います。

その途中で、奇跡がが数多く起きてくるようになるのです。


あなたが健康になるのは、一人あなたの幸福のためだけではありせん。

あなたが健康になることによって、あなたが今後、行動を起こし、周りの多くの人たちを救っていくことを、それは意味しているのです。


いかなる難病、奇病も、治るしかないのです。

神の力、仏の力に抗えるものは、

この世には存在しません。


大川隆法総裁「奇跡のガン克服法」講義 2011年6月12日 湯布院正心館


奇跡のガン克服法―未知なる治癒力のめざめ


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嫉妬心はきつね色にこんがりと妬くぐらいでとどめておくことも、「心のコントロール」の一つ

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嫉妬心は、

きつね色にこんがりと妬くぐらいで

とどめておくことも、

「心のコントロール」の一つ。


 
もし、自分が「愛だ」と思っているもののなかに、

相手の不幸を願う気持ちがあるならば、

それは自我我欲、またはプライド、

「自分がかわいい」という気持ちでの「愛」なのです。


本当の愛だったら、

相手のその後の幸福を願わなければなりません。
 
 
嫉妬心は、

きつね色にこんがりと妬くぐらいで

止めるのがよいのです。

真っ黒になるまで妬いてはいけません。

 
どうか、心のコントロールの一つとして、

嫉妬心のあり方を考えていただきたいと思います。

 
大川隆法総裁 法話「嫉妬心の怖さについて」より

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「死んでから後の世界がある」ということについては百パーセント保証します。騙されていると思って、信じてください。




『死んでから困らない生き方』講義


「死んでから後の世界がある」ということについては百パーセント保証します。

騙されたと思って信じてください。



日本で自殺者が多い理由として、「この世が、苦しく、生きにくい」

ということがよくあるだろうと思います。


しかし、「死ぬと、何もかもなくなる」という考えは間違いです。

あの世は、この世での喜びや悲しみが10倍ぐらいに増幅される世界です。


神仏に祝福されるような、喜びの人生を生きた場合には、

あの世に還(かえ)ると、10倍ぐらいの喜びが自分自身の身に生じてきます。


逆に、この世での苦しみや悲しみが地獄的な領域に入っている場合には、

あの世へ行くと、それが実体化してきて、もっと苦しく悲しい思いをすることになります。


「自殺すれば、苦しみや悲しみから逃れられる」と思っても、実際には、その正反対であり、

苦しみが10倍ぐらい増すのです。


みなさんに本当に伝えたいことは、やはり、「この世とあの世はある。

この世での生き方が、そのまま通信簿となってあの世での人生を決める。

また、それは、『来世に転生する場合に、どういう人生計画を立てるか』

ということにもつながっている」ということです。


そして、この世における生き方で、特に大事なことは、はっきり言って、次の二つです。



一つは、

「信仰心を、きちんと持つ」ということです。

動物には信仰心はありません。

目に見えないものに対して尊崇の念を持てるのは人間特有の事です。


目に見えないものを信じることは、動物性から抜け出すための一つの力なのです。


もう一つは、

「他の人々に、できるだけ尽くす人生を、行き切る」ということです。

 
信仰心を持ち、利他の思いで生きることができれば、人生の失敗はないのです。


青森支部精舎2010年10月3日「死んでから困らない生き方」講義

大川隆法総裁著『不惜身命2010』より


不惜身命2010 大川隆法伝道の軌跡―新時代への創造

死んでから困らない生き方―スピリチュアル・ライフのすすめ
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『Wake Up! 目覚めよ!』

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Wake Up! 目覚めよ!

大川隆法総裁 2007年夏 ヨーロッパ支部にて


私は、愛を広げるために、ここに来ました。ただ愛を広げるためだけにです。

愛の教えは当会の最初の原理です。あなたがたは、毎日、愛を忘れてはいけません。これが最も重要なのです。


次は反省です。これが二番目に重要です。

そして、あなたがたは、自分が霊的な存在であることを信じ、すべての人に、人間の本質は霊であることを教えなければいけません。人々が肉体や物質にしないようにするために――。

これが最も大きな教えです。


私は、すべての人を愛するために地上に生まれました。だから私を信じてください。

もちろん、私は、私を信じる人を愛していますが、私を信じない人も愛しています。私は、単なる日本の神ではありません。私は、地球の守護神です。


私の目的は、地球のすべての人を愛し、宗教観の対立を解消することです。

私たちは、偏見に打ち勝ち、国家や宗派の違いを乗り越えなければなりません。

私たちは、ただ、この世に新しいユートピアを創ることを目指しています。

これが私たちの目的なのです。


The most important thing is Love,

self-reflection and belief in the other world.

最も大切なものは愛であり、反省であり、

あの世があると信じることなのです。


大川隆法総裁『不惜身命』より

不惜身命
不惜身命―大川隆法 伝道の軌跡

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不思議な夢の世界 ~正夢、予知夢、夢のお告げ……~

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不思議な夢の世界 ~正夢、予知夢、夢のお告げ……~

「夢」とは、
睡眠中の主観的な体感現象。
浅い眠り(レム睡眠)と深い眠り(ノンレム睡眠)とがあり、以前はノンレム睡眠時のみ夢を見ると言われていた。
そのメカニズムは未だ謎が多い。


「夢の世界」と「霊の世界」
「夢」というのは、本当に不思議だ。
ただの記憶の整理のような夢もあるし、めまぐるしく移り変わるファンタスティックな世界を楽しむ夢もある。
あるいは、夢には自分の深層心理が表れるとも言うし、「夢のお告げ」というのも昔から言われている。

 

S.A.ラマヌジャン (1887~1920)
例えばインドの天才として名高い
早世の数学者ラマヌジャンは、
夢のなかで
「女神さま」に数学の定理を教えてもらっていたという。
彼は三千を超える公式を遺しており、未だに解明されていないものもある。



秋山真之 (1868~1918)
また、予知夢と言われるものもある。
天才参謀・秋山真之は、日露戦争の際、
ロシア艦隊が対馬海峡と津軽海峡のどちらを
通過してくるかを予測しかねていた。
そんなとき、夢でロシア艦隊が対馬海峡を
2列で進んでいるビジョンをありありと見たという。
それは見事に的中し、
その後、海軍大将・東郷平八郎による
「T字戦法」でロシア艦隊に勝利した。



S.フロイト (1856~1939)
学問的には、フロイトやユングが夢を研究している。
「夢にはその人の無意識が表れており、
 自分の知り得ない面まで知ることができる」として、
さまざまな心理療法が生み出された。

 


C.G.ユング (1875~1961)
特にユングは、
人間の深い無意識層には
神話に見られるような人類共通のイメージがあるとして、
個人的無意識の奥に
人類共通の意識である「集合的無意識」があると説き、
「元型(アーキタイプ)」という概念を提唱した。

 

この難しそうな話も、霊的世界を認めると簡単に説明できる。
要するに、
「人間の無意識は、天国や地獄などの霊的世界に繋がっている」ということ。
そして無意識には、
自分の無意識である「守護霊」と、それ以外の「その他の霊存在」や「霊的世界」があるわけだ。

 

この霊的世界は、ある意味で毎日誰しも経験している。
というのも、寝ている最中は霊体が肉体から抜け出して霊的世界に戻るからだ。
だから、「夢」のなかには、脳が日常の体験を再整理して見る夢もあるが、それ以外に「霊夢」もある。

 

不思議な「夢」の世界。
それを記録してみると、意外な発見があったり、霊界体験が思い出せるようになる。
たまには身近なスピリチュアルを楽しんでみてはいかがだろうか。

 

もっと深く知りたいアナタへ…
今回のテーマ「霊界と夢」をより深く理解するためのオススメ本、オススメ映画をご紹介。

死んでから困らない生き方―スピリチュアル・ライフのすすめ
死んでから困らない生き方―スピリチュアル・ライフのすすめ

霊界散歩―めくるめく新世界へ
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『できない理由ではなく、「どうしたらできるのか」をいつも考えること』




できない理由ではなく、「どうしたらできるのか」をいつも考えること


世の中には、

頭がよすぎるために、

優柔不断になったり、

細かいことを気にしすぎたり、

「自分ができない理由」を

数え上げる人がいます。


できない理由を、

実に整然と、うまく説明するのです。
 
 
「それでは、

できるようにする方法、

『どうしたらできるか』を

言ってみてください」

と訊かれると、

それは考えつかないのです。

 
何か新しいことをして、

それを発展させようと思うのであれば、

やはり、できない理由ではなく、

「では、どうしたらできるのか」

ということを、いつも考えていただきたいのです。
 
 
大川隆法総裁 法話「勇気を持とう」より

勇気の法―熱血火の如くあれ
勇気の法――熱血 火の如くあれ


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『あの世が見えない理由』




あの世が見えない理由

死後の世界は、そう簡単に信じてもらえるものではありあせんし、仕組みとして、完全には証明ができないように創られていることも事実です。

もし、あの世の世界が目に見えたならば、誰もが「あの世を信じる」と言うでしょうが、「あの世の世界が、この世の世界と共存していて、生きている人間と同じように、この世を霊がたくさん歩いている」というようなかたちで、この世の人と霊が一緒に生活できるかというと、なかなかできないだろうと思います。

例えば、「あの世の霊が話しかけてくる。何か疑問を持ったら、すぐ、あの世の霊から答えが返ってくる。あの世の霊が、『ああしろ、こうしろ』と言う」という世界だと、けっこう大変でしょう。

私は、実際に、そういう世界を生きているのですが、これで普通でいられるというのは大変なことなのです。

通常は普通でいられません。

「変なことを言う」ということで、たいていの場合は隔離されてしまいます。

そういう世界を見ながら普通に生きるには大変な力が要ります。

そうとう研ぎ澄まされた理性・知性を持っていないと、通常は、おかしくなるのです。

毎日毎日、霊体験が重なってくると、どうしても行動も考えもおかしくなってきます。

これに耐えられる人は、やはり少ないのです。


霊的な世界が開かれた場合、よいものに導かれればよいのですが、そうでないものも入ってきやすいわけです。

悪例などが、いろいろ取り憑いてきたりして、声が聞こえ始めると、事実上、人間としての生存が不可能になり、ほとんど人生は終わりになります。

「霊の世界が見えたり、感知できたりしながら、それでも、あえて仕事ができる」というのは、映画「ゴーストバスターズ」の世界でしょう。

“幽霊捕獲人”として幽霊を追いかけ回している人であれば、それが商売なので、そのとおりでしょう。

それから、もちろん、職業的霊能者は、それで仕事をしているわけです。


しかし、普通の人の場合は、「霊の世界が、確かな実感として完全に証明できる」というところまで行ってしまうと、生活ができなくなります。

例えば、みなさんの死んだ祖父や祖母、父や母が、みなさんの部屋で、いつも、みなさんを見ていたり、夜、寝ているときに来たりするような状態では、みなさんは生活できないでしょう。

やはり、霊の声が聞こえず、霊の姿が見えないほうがよいのです。


大川隆法総裁著『霊的世界のほんとうの話。』より

霊的世界のほんとうの話。―スピリチュアル幸福生活
霊的世界のほんとうの話。―スピリチュアル幸福生活

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『死を恐れるあなたに―あの世を信じたほうが、幸福になれる』

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あの世を信じたほうが、幸福になれる

みなさんは、「あの世があると考えた場合と、あの世はないと考えた場合と、どちらが、自分にとって幸福か」ということを考えたことがありますか。

仮に、あなたが、今、四十歳で、平均寿命まで、あと四十年あるとしましょう。

もし、「これから四十年間いろいろなことをして、八十歳で死ぬと、火葬場で焼かれて、ひとにぎりの骨と二酸化炭素だけになり、自分が生きた証拠は何もなくなってしまう」と考えるならば、これが、そうれほど幸福な考え方でしょうか。

やはり、「特定の名前を持って行きた人間の魂が、そのエネルギーが永遠に生き続ける」と考えるほうが幸福ではないでしょうか。


人間は死ねば何もかも終わりになるならば、この世の道徳も哲学も宗教も、すべて不毛なものとなってしまうでしょう。

あなたは、何のために、己の人格を磨いたのでしょうか。何のために、勉強し、汗を流して働き、努力して良好な人間関係をつくったのでしょうか。何のために、一生懸命に生きてきたのでしょうか。

死によって何もかもなくなってしまうのならば、人生は、まったく虚しいものにすぎないではありませんか。人格を磨くことなど意味がなく、努力して一生懸命に勉強し、人格の向上など目指す必要などありません。そうしたことを勧めるのは、ペテン師のささやきになってしまいます。

人格の向上を目指すことが、地位や収入など、この世的な幸福を得ることにつながるとしても、死ぬとすべてが終わりになるならば、そのような幸福は虚しいものとなります。

どちらの幸福が、ほんとうの幸福につながるのでしょうか。


「この世で努力して身につけたものは、死後の世界に持っていくことができる。死後の世界においても自分の人格が生き続ける」と思えばこそ、努力することに意味があり、その努力が素晴らしく思えるのではないでしょうか。

「死ねば何もかもなくなってしまう」と考えるか、「死後も人格は残る。一生懸命に努力していれば、死後も、素晴らしい活躍が続けられる」と考えるか。

あなたは、どちらに賭けますか、どちらに賭けたほうが、あなたは幸福になれると思いますか。

死後の世界あることについて、私は、はっきりとした証拠を持っています。

死後の世界があることに賭けたほうが、あなたにとって幸福な人生になることは間違いありません。

自分にとって、どちらの考え方に幸福があるかをよく考え、受け入れるものは受け入れ、霊性に知識的な学びを行っていくことが大事だと思います。


ほんとうの世界を知り、「どのような生き方をすれば、どのような世界に行くのか」ということを知れば、少なくとも、死後の世界を恐れる必要はまったくなくなるのです。


大川隆法総裁著『霊的世界のほんとうの話。』より

霊的世界のほんとうの話
霊的世界のほんとうの話。―スピリチュアル幸福生活



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『首相の心象風景が現実化した』

首相の心象風景が現実化した<br />_Whats_25_201107.jpg


首相の心象風景が現実化した


東日本大震災の報道が、

テレビや新聞、週刊誌、その他のニュースなどで、

いろいろと続いています。
 
そういう映像や写真、記事等を見ていると、

心が暗くなる一方で、

だんだん気が滅入っていく感じがしますし、

ときどき震度5程度の余震があるので、

それが来るたびに、

「まだまだ地震が来るのかな。
 終わらないのかな」

と思い、

国民心理はそうとう冷え込んでいるのではないかと思います。
 
今の民主党政権に対しては、

もともと、「貧乏神政権」であろうとは思っていましたが、

国のトップの心のなかにある心象風景というか、

原風景のようなものが、ものの見事に実社会に現れてきているように見えます。


菅首相の心のなかには、戦争末期

あるいは戦後の「焼け野原」のような風景があるのではないでしょうか。

そういう世界が現実化してきているように見えてしかたがないのです。
 
本当は、そういう社会が好きなのではないかと思われます。

「そのような社会で、いろいろと人々に世話を焼くことが、政治家の仕事である」

というように考えていて、

そこに彼の市民運動家としての原点があるのではないかと思います。
 
(2011年3月24日 説法(『震災復興への道』第4章収録)から)


震災復興への道―日本復活の未来ビジョン
震災復興への道―日本復活の未来ビジョン 同時収録 地球物理学者・竹内均の霊言


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『無能に対する焦り』 大川隆法総裁 心の指針

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無能に対する焦り  大川隆法総裁 心の指針80


若い人は、とにかく不満を持ちやすい。

自分の不幸の原因を、

親のせいにしたり、

兄弟姉妹のせいにしたり、

学校のせいにしたり、

社会制度のせいにしたりするものだ。

そうして、

荒れ狂ったり、

自傷行為にふけったり、

犯罪行為にのめりこんだりする。


自己愛が強すぎるために、

あるいは、子供時代にに甘やかされたために、

わがままになっているのが、

どうやらわからないらしい。


世間は厳しいものだ。

若者の持つ、不平不満や、

小さな不幸など、

利根川にこぼした一滴の酒、

程度にしか感じてはくれない。


若者よ、

無能に対する焦りを、

合理化しようとするな。

他人のせいや社会のせいにするな。

自分がアリとキリギリスの、

キリギリスであったことに気づくことが、

まず、幸福への第一歩だ。

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『精神力の鍛錬』

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精神力の鍛錬


世に立って人びとを導いていこうとする人は、

精神力において後れをとってはなりません。

精神力が先へ進めば、知力や体力はあとからついてきます。

精神力があって初めて学習が進み、

学習が進んだ結果、知力が備わってきます。

そして、その知力は新たな武器となります。

また、精神力があってこそ、

肉体の鍛錬を欠かさずに行うことができ、

体力も備わってくるのです。

これを逆に考えてはなりません。

「たぐいまれなる知力があるからこそ、精神力が生まれ、体力が生まれる」

「たぐいまれなる体力があるからこそ、精神力が生まれ、知力が生まれる」

などと考えてはならないのです。


「まず精神力ありき」であって、

物事をなしとげんとする思いが最初に必要なのです。

その思いは、

「自分を生かし切りたい。自分の今世の命を燃焼し尽くしたい」

という、強い強い願いでもあります。

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『真理への道を歩む』




真理への道を歩む


永遠なるものが、いま、一瞬、

あなたがたの前をかすめようとしています。

そのときを捉えてください。

逃さないでください。

つかんでください。

その永遠なるものを、つかむことができたならば、

あなたがたは、永遠の幸福のなかを生きることができるのです。


私の言葉のなかにも、愛を感じ取ってください。

真理は即愛であり、愛は即真理です。

そしてまた、愛は即信仰であり、信仰は即愛です。

愛も信仰も真理も同じものなのです。

そして、すべては天国への扉を開く一本の道です。


私は、真理への道です。

天国への道です。

光への道です。

あなたがたは、チャンスを逃さずに、

この一本の道を歩まなければならなりません。

どうか、そういう気持ちを持ってください。

従順に、謙虚に、真理への道を歩んでいただきたいのです。


それが私の本心であり、

そういう人が私の愛する人です。

経典『君よ、涙の谷を渡れ。』より


君よ、涙の谷を渡れ。

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『能力に限界はあるが、成長は無限である』

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『能力に限界はあるが、成長は無限である』

人間が成長するときの角度、成長度を考えると、だいたい、生まれたときと比べれば、プラスのほうで成長してはいます。ただ、その成長の度合い、角度は、人によって、みな違うのです。

60度の成長度を持っている人と、45度の成長度を持っている人と、30度の成長度を持っている人を、同じ場所に同時に置いて、同じ課題、同じ仕事、同じ勉強などをやらせたならば、どうなるでしょうか。

60度の人は角度が大きいので、数学をやっても、英語をやっても、スーッと勉強は進んでいきます。45度の人は、それより少し遅くなります。30度の人は、もっと遅くなります。それだけを取ってみると、優劣は明らかです。

個人個人を見てみると、確かに、成長度は、その人の能力でもあり、才能でもあり、器でもあります。「60度、45度、30度といった、成長の角度を、それぞれの人が持っている」という意味において、それぞれの限界はあります。

ただ、60度の人は60度の人で成長を続けていきますし、45度の人は45度の人で、度の人は30度の人で、それぞれ、成長しつづけます。

そのように、それぞれの人が、同じ出発点、原点、ゼロのところからスタートして、それぞれの角度で走りつづけると、その速度が同じ場合、到達する地点の差は出てきますが、これは、「実は、そこで終わりにならない」という点が味噌なのです。

60度の角度で行く人は、そのまま、一生、ずうっと60度で上がりつづければ大したものですが、「兎と亀」の兎のように、途中で一服することがあります。「病気になる」「挫折する」「死ぬ」ということもあれば、「家庭生活が難しくなる」「会社がおかしくなる」ということもあります。いろいろなことがあり、失敗などの壁が出てきて、そのままの角度で成長できなくなることがあるのです。

「『自分は大変な秀才で、よい学校へ行き、よい会社へ入った』と思ったが、会社がなくなってしまった」ということは、現在、数多くあります。「あのままでいけば、自分はかなり出世できただろう」と思っても、会社がなくなってしまうと、個人としては、どうしようもありません。いくら早く部長になっても、それで終わりです。

一方、30度の角度の人が、「会社の規模は、60度の角度の人の会社より小さく、その十分の一ぐらいだが、潰れない」という会社で、ずうっと、30年、40年と上がっていけば、どうなるでしょうか。最終的には、60度の角度で行った人、二倍の角度で上がっていった人より、その半分の、30度の角度で上がっていった人のほうが、大きな成功を収めることがあるわけです。

「人の成長の角度に差がある」という点は、能力の差であり、限界ではあるのですが、それぞれの人にとっては、その角度での成長を続けていくことで、成長は無限なのです。

そのように、「人間の器や能力には限りがある」という教えと、「人間の成長は無限である」という教えは、矛盾しているようでいて、統合できるものなのです。


幸福の科学・大川隆法総裁著『希望の法』より

希望の法―光は、ここにある
希望の法―光は、ここにある


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『救世の時は今』 幸福の科学創始者兼総裁 大川隆法総裁 2011.7.10 in 幕張メッセ

明るい未来を引き寄せる虹


幸福の科学創始者兼総裁 大川隆法総裁

御生誕55周年 御生誕祭 大講演会

『救世の時は今』 

2011.7.10 in 幕張メッセ



有り難う。有り難う。有り難うございます。

今日は多数の皆様にお集まり頂きまして、心より嬉しく思います。

暑い中、大勢の方がおいでになりましたし、全国・全世界で3500カの所で中継で、御聖誕祭を挙行することができましたことを、心より嬉しく思います。

今年は、大悟30周年、生誕55周年ということで大きな節目です。

また、立宗25周年にも当たっております。

教団にとっても大きな節目であるかと思います。

率直に私の感想を述べると、「今やっと思っている所の3合目、3割ぐらいまで来たかな」という気持ちであります。

まだまだ念いは遙かに届かない所にあるのではありますけれども、この地上に生を受けてよりこのかた、55年かかりまして、何とか本来の使命の一端なりと果たすことができる位置に、今立つことが出来ているということを、とても嬉しく思います。

多くの人々の、これは、お陰であるというふうに、心の底より感じているものであります。

私個人といたしましては、今世、この地上に命を得てより、人間としての努力は成してまいりましたけれども、今日、ただ今、私がここにあり、その使命の一端を果たすことが出来るのは、多くの皆様方のお支えがあってのことであると、心の底より感謝申し上げる次第であります。

人というものは、「自ら望んで高みに立つことは出来ない」と常々、自ら戒めている者であります。

多くの人々の支持を受け、多くの人々の信頼を勝ち得、多くの人々の賛同を受けて、初めて大いなる仕事も成し遂げることが出来るものであると、心の底から、そのように思うものであります。

今、日本の国に対して、また世界に対して、数多くの提言をし、意見を述べ続けております。

そうした提言の裏には、もちろん、そうした言葉を受け止める人たちの、日々の厳しい立場やご努力というものを十分知って、敬意は払っているつもりであります。

例えば、この日本という国、一つを取りましても、この国に責任を持つということは、おそらく大変なことでありましょう。

どのような偉大な方であろうとも、平凡に見え、平凡以下に見えることもありましょう。

或いは、アメリカ合衆国というふうな世界のリーダーとなっている国の大統領になれば、遙かに優れた方であっても、凡庸に見えることも或いはあり、そのように批判することもよく成されることではないかと思います。

一方、全世界ということで見たならば、この全世界をあるべき姿、あるべき方向へと向けて、的確な指針を出し、「進むべき方向はこちらである」と過てることなく、指し続けることは、至難の業であるということも、私も常々、感じている者です。

それぞれの国において、それぞれの国の求める幸福感、達成感、国家目標、そういうものが、おありでしょう。

その中で、全世界の人々が、どうしたら最大の幸福を実現することができ、そして、その最大幸福の中から、はぐれた者たちをも、いかにすれば救いの手を差し伸べて、彼らを一歩でも前進させることができるかということは、この上なく難しいことであると感じております。

長らく、この地上世界ではなく、霊天上界において、人類の歴史を見つめてきていた者として、そうした人類の歴史を創り上げてくるように考えてきた者として、自らこの地上に下りて、あなた方に教えを説き、世界の人々に、あるべき姿を説くということが、どれほど難しいことであるかということを、我が身を持って感じ取っております。

それはそれは、大変なことであると思います。

現在、70億人という人口が、全世界で存在しております。

我々の力もまだ微力ではありますけれども、世界80数カ国まで、この私の教えは届いて行っております。

それぞれの国で未来の国家建設のために役立てようと、この教えを学び、広げ、活用しようとしている仲間たちが活動しています。

この教えは、遙かなる遠い世界からこの地上に下りてきて、この地上に住む、有りとしあらゆる者を幸福にしようとする光です。

力です。方向です。

私は、闇を追い払うべき存在です。

人々は、それぞれ自らの幸福を求めて、多くの人間の中で苦しみを作り、悲しみを作り、そして人間関係の中で、心の闇を増やしてまいります。

また、その個人を離れて、会社であれ、国家であれ、世界の中では、それぞれのまとまりの中で幸福を求めて努力しているわけであるけれども、その努力が、他の国を不幸にしたり、他の人々を不幸にしたりすることもあります。

それが全て、「自らは良かれ」と思う心、自分が幸福になれるという方向を、真っ直ぐに目指しているのだけれども、その途中において、他の人たちとの調和をいかに成し遂げるかという視点を忘れたために起きる悪であり、不調和でもあると思うんです。


私は、皆様方一人ひとりが、限りなく各人の個性を伸ばし、自分の成功感を味わい、そして、幸福な状態に到達できることを祈っています。

しかしその過程で、他の人たちとの関係において、いろんな悩みや苦しみ、軋轢というものを作るであろうことも予想しています。

だからこそ、あなた方に申し上げるんです。

人間そのもの、或いは人間が作ったもの、或いは人間世界そのものを超えた世界があり、人間世界を超えた世界にいる崇高な存在があるという、こういう見方を忘れたならば、この世における争い事は、決してやむことがないんです。

様々な個性があり、様々な意見があり、様々な思想があるということは、尊いことです。

しかし、そのままであっては、単なる混乱になることもあります。

かといって、この地上において、いろんな人の意見や思想、信条、こういうものを無視したり、圧殺したりして、単なる一つの考え方で全部を押し潰そうとするならば、そこにまた大きな大きな不幸が生まれてくるであろうと思うのです。

唯一なるものは、この地上を超えた遙かなる世界に、人間の手の届かない遙かなる世界に唯一なるものがあって、それを目指して、各人が、そして各社会が、各国家が向上を目指して切磋琢磨しているという認識を持つことが大事であると思います。

その中に、それぞれの努力を認め合い、また、自分自身でそれを確認することの幸福も味わえます。

反面、謙虚さも同時に持ってなければならないと思うんです。

ここ百年ほど、科学技術は大変に進歩いたしました。

しかしながら、この70億の民の心は、果たして百年前、二百年前の方々よりも優れた状態に現在なっているでしょうか。

知識のベース、情報のベースでは、確かに、百年前、二百年前の方々よりも、遙かに多くのことを皆様方は知っておられるでしょう。

タイムマシーンに乗って、百年前、二百年前に帰られたならば、皆様方は神の如き存在として、或いは尊敬されるかもしれません。

知識や技術の面では、おそらくそういうところが大いにあるであろうと思います。

これが学問の進歩であり、これが文明の進化であることは間違いありません。

されども、人間とは、その肉体に宿れるところの高貴なる魂であるという点を見落としてはならないのです。

この世的な面において、どれほど知識が増え、技術が向上し、或いは収入的なものが大きなものとなったとしても、その人間活動の中に込められたる生き方の中に、魂としての輝きが失われていったとするならば、これは残念ながら、人類としての退化と言わざるをえません。

今、大きな大きな人口を抱えた、この地球という星において、変革期が訪れようとしていると私は思います。

二千前、或いは二千五百年前に説かれた世界的宗教も、その使命を終えつつあると思います。

現代文明の中で十分に機能しきれないで、苦しんでいるように思います。

人々の心を救いきれないで苦しんでいるように思えるのです。

現代、最高度に発展している思われるキリスト教社会においても、二千年前のイエスの言葉だけであっては、問題の答えが探し出せないで苦しんでいるという状況が続いています。

二千五百年前の仏陀の言葉の中においても、現代では必ずしも解決をもたらすものとはなっていないものが多くあります。

或いは千四百年ほど前の、ムハンマド、マホメットの言葉においても、その言葉と行いの、そしてコーランの教えに基づいても、現代社会に数多くの矛盾が生まれています。

千数百年の歴史が、その考え方やその正しさを風化させているのです。

千四百年前のイスラムの教えと、二千年前のキリストの教えとが、今、21世紀という時代に来て、両者理解できない所が数多くなって、ぶつかり合って、様々な所で戦争の火種になっております。

その時代の開祖が今、生きているとしたならば、そして訊くことができるとするならば、

「その部分は、このように変えてよろしい。このような解釈に変えてよろしい」、

「こういふに考え方を擦り合わせていきなさい。そして調和していきなさい」

と言えるべきことが、歴史の彼方に流れ去った宗教においては、もはや、その言葉を取り戻すことができないでいるんです。

だから、私が今、皆様方の前に現れて、いろんな宗教や哲学や思想、そして人間についての考え方の矛盾を統合して、新しい人間観と社会観、そして国家観、世界観を教えようとしているんです。

答えは、全て、私の言葉の中にあります。

未来の種は、数多くの書籍の中に、もう書いてあります。

これから、五百年、千年、二千年後の人々は、この中に答えを見出していくはずです。

私が説いているのは、今、私の目の前にいる皆さん方のためだけの教えではありません。

後に来る人々のためにも、教えを遺そうとして、数多く、いろんな角度から様々な論点についての学びをして頂きたく、いろんな話を申し上げている次第であります。

人々の数が増えるということ、一億人から五億人、十億人、五十億人、七十億人、そしてやがては百億人へと増えていくということは、それだけ沢山の考え方が存在しうるということになります。

そうした方々に自由というものを与えるならば、それはまた同時に、様々な意見がまとまらないということにもなりかねません。

民主主義の最大の特徴であるところの、多くの人々の意見を吸い上げて、繁栄できる社会が創れるという思想が、人数が多すぎるために混乱を持ち来たらすということにもなりかねません。

そのまま放置したら、民主主義政治の死がやってまいります。

終わりがやってくると思います。

かといって、軍事独裁的な、一党独裁的な専制政治、独裁政治の下に七十億人の世界の人々が置かれることが幸福かと言われたら、「いや、そんなことは決してないであろう」と思います。

人々は、自由でなければなりません。

なぜならば、あなた方は、また神の子だからです。

神の子としての自由と尊さを保証されなければなりません。

それが、人権なるものの根拠です。

「基本的人権が大事だ」と言っても、人間が定めた法律によって尊いんではないんだということを知らなくてはなりません。

「偶然に、この地上に生まれたから、尊いんだ」というわけではありません。

「動物たちに比べて、道具が使えるから、発明できたから尊い」というわけでもないんです。

それは、神の子としての存在を許されているということ、その念いにおいて創造を成すことができ、その念いにおいて世界を創り変えていくことができ、その念いにおいて歴史を未来に向けて建設していくことができる。

これが、人間が神の子であることの証明であるんです。


だから私は言います。

数多くの考え方をまとめなければいけません。

しかし、それは、この世的な専制的な、独裁的な弾圧的なものであっては、決してならないと思います。

この地上を離れた世界において、あの北極星のように、普遍の真理が輝いていなければならないと思うんです。

人類の手には、例え届かなくとも、確かなる方向、確かなる北、「真北はあちらである」ということを指し示すことが大事であると考えます。

そうした未知の世界ではあるけれども、この地上を超えた尊い価値を信ずることにおいて、人々は、お互いの意見や思想、信条、人種、肌の色、言語の違いを超えて、一つにまとまることができるのです。

この世的には、戦乱の時代を昨らないように、私は地上的なる努力もしています。

しかし、私自身の本心は、遙かに、そうした在ただ今の事象、こととも離れて、現在から未来に向けて多くの人々が、どういう方向に向かって行ったならば、真に幸福に生きることができるか、五百年後、千年後、二千年後、三千年後の人々が心の指針にできるような教えを説くことができるかどうか、それが現在ただ今の皆様方に、100%理解されるかどうかとは関係なく、必要なことであると思っています。


人類には、真なる智慧が必要です。

真実を知ろうとする心が必要です。

真実を伝えようとする心が必要です。

真実を隠蔽しようとする者に対して、光を当てる勇気が必要です。

そうして、未来に向けて、力強い行動を起こすことが大事です。

今世限りの小さな成功や失敗に捕らわれてはなりません。

後に来る人々のために、正しい方向を示し続けることこそ、幸福の科学の信者であり、会員である者の使命であると信じています。

それは、日本人であろうが他の国の人であろうが変わりはありません。

この世的な政治や外交的にぶつかることもあるかもしれません。

経済的に利害が相反することもあるかもしれません。

それは、この世的なレベルでは、起きることでありましょう。

それはそれとして、人間の知力でもって努力し、解決し、乗り越えていかねばならないけれども、「それを超えた世界において、神の子として一体である」という事実は、決して忘れてはならないんです。

そういう意味において、現代の常識に流されることなく、勇気を持って生きていくことが大事であると、断言いたしたいと思います。


強くあって下さい。

皆様方、真実を求めて下さい。

真実を追究し、探求し、実践する勇気を持って下さい。

真実を隠蔽する者に対して、弱くあってはなりません。

勇気もまた、徳の一部であります。

智慧もあり、勇気もあり、行動力のある人間になって頂きたいんです。

そして、どうか、後に来る人々のために道を切り開くことをもって各人の使命として頂きたいと思います。

自分一人だけの人生を開けばいいのではないのだということを知って下さい。

これから来る人々のために、この国においても、他の国においても、未来の人々のために、未来の人類の生存と繁栄のために、着々と、毎日毎日、布石を打ち続けることこそ、選ばれし幸福の科学メンバーの尊い使命であることを信じます。

今日は、誠に有り難うございました。


救世の法
救世の法―信仰と未来社会


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『守護霊が見守っている』




守護霊が見守っている


みなさん一人ひとりには、

守護霊という存在がついていて、

彼らがみなさんを見守っているのです。


私はずっと見てきましたが、

守護霊は、ほんとうに、

みなさんの生き方を、

毎日毎日、見守っていて、

一緒に喜んだり悲しんだりしているのです。


大川隆法総裁著『霊的世界のほんとうの話。』より


霊的世界のほんとうの話。―スピリチュアル幸福生活
霊的世界のほんとうの話。―スピリチュアル幸福生活

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『宗教で病気が治る理由』




宗教で病気が治る理由


「この世は、この世で確立した世界であり、

この世の法則は、一切、変わらない」

と思っている人にとっては、現実もそのとおりです。


しかし、

「この世は、実は、あの世と同通する世界であり、

あの世のあり方、あの世の法則を理解することができたら、

この世の法則を変えることができるのだ」

ということをつかんだ人にとっては、

この世を変えていくことができるのです。


病気に関し、「物質」対「物質」、

すなわち、「薬」対「病変」、

あるいは、「手術」対「病変」というかたちで、

この世だけの戦いをしているのは、

高速道路で、二台の車が、「どちらが先に着くか」

という競争をしているようなものです。


しかし、一つ上の世界から力が働いてくると、

この世の法則がねじ曲がってきます。

これによって、歴史上、多くの宗教で、さまざまな奇跡が起きました。

宗教で、病気が治る理由も、それとほとんど同じなのです。


大川隆法総裁著『奇跡のガン克服法』より



奇跡のガン克服法―未知なる治癒力のめざめ


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『健康の復活のためのキーワード』




健康の復活のためのキーワード


健康になるためには、積極的で明るい想念を持って生きることが非常に大事なのです。

健康になるためのキーワードを考えてみると、それは「反省」「感謝」「精進」「祈り」の四つになると思います。


キーワード①「反省」

まず、「反省」によって、霊体のなかにある悪想念の部分を除去することが大事です。

反省によって仏の光を入れることです。


キーワード②「感謝」

次は「感謝」です。

病人には、たいてい感謝の心がありません。

不平不満や愚痴は出ますが、感謝の思いは出ないことが多いのです。

したがって、病気になりたくなければ、いろいろな人に感謝をすることが大事です。

現に病気になっている場合には、周りの看護師や家族などに対する感謝を心がけてください。

そうすると病気は良くなります。

他人を責める心があると病気は良くなりません。

病気は、本人に、反省を促したり、家族のありがたみを教えたりする機会でもあります。

反省や感謝を教えるための修行の機会でもあるわけです。


キーワード③「精進」

それから、「精進」です。

食事や運動など、体のコントロールの大切さ、「医学的知識も勉強しながら、自分の健康を維持していこう」という精進の心が不可欠です。


キーワード④「祈り」

最後は祈りです。

「良くなりたい」という気持ちを持ち、自分の人生全体を設計することです。

「自分としては、こういう人生にしたい。

このくらいの年齢までは、元気で現役で働きたい。

その後も、このようにして家族と暮らしたい」

という人生設計を、繰り返し繰り返し、心のなかに思い描くことです。

毎日、自分の健康生活について設計し、祈ることによって、次第しだいに、生活や考え方、行動など、いろいろなものが、それに合致したものになっていきます。


この「反省」「感謝」「精進」「祈り」という四つの言葉を、健康を復活させるためのキーワードにしてください。


大川隆法総裁著『超・絶対健康法』より

超・絶対健康法―奇跡のヒーリング・パワー
超・絶対健康法―奇跡のヒーリング・パワー

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『心の法則は普遍』

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心の法則は普遍


心の法則は普遍のものであり、

その法則には、

人種や性別、年齢、

あるいは時代を超えて、

共通のものがあります。

「このような心であれば、

こういう世界に通じる。

こういう人たちと通じる」

「このような思いを出せば、

こういう未来が展開する」という、

共通の、心の法則があるのです。


大川隆法総裁著『大悟の法』より


大悟の法
大悟の法―常に仏陀と共に歩め

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『この世の人生は一種の「試験」』

この世の人生は一種の「試験」


この世の人生は一種の「試験」


死後の世界について、「知らない」「信じられない」という人の考えは、「もし、ほんとうに、そのような世界があり、仏や神がいるならば、それをこの世の人間に分かるようにしていなければ、不親切ではないか。そういう存在があるのなら、もっと人間に分かるようにしているはずである。人間に分かるようになっていない以上、そういうもの存在しないのだ。実験して確かめることもできないのでは、信じるに値しない」ということだと思います。

しかし、誰もが分かるようになっていないことには理由があるのです。

その理由とは、「この世の世界そのもの、数十年の人生そのものが、ある意味で、一種の試験である」ということです。

人間は、本来の世界である霊的世界から生まれてきて、肉体に宿り、物質世界のなかで生きています。

そして、「この物質世界のなかで生きながら、どれだけ霊的な人生観を手に入れることができるか。かつて仏神から学んだ教えを、どれだけ実体験し、実践できるか」ということを、ある意味で試されています。

人間は、人生において、さまざまな経験を積んでいきますが、それは試験でもあるのです。


その試験が終わったとき、人生が終わったときには、霊的世界のことが分かるようになっています。

試験が終わると、人生の総復習が行われて、「あなたの今回の人生は、こうでした」ということが明らかにされます。

それまでの何十年間かのあいだは蓋をされているのです。

ただ、ときどき、親切な人がいて、ヒントを与えてくれることはあります。

いわば「辞書持ち込み可」にあたるかもしれません。


人生は一種の試験なので、答えを、全部、教えるわけにはいかないのです。

しかし、ヒントは、人生の途中で、たくさん与えられるようになっています。

さまざまな気づきの機会が用意されているのです。


大川隆法総裁著『信仰のすすめ』より

信仰のすすめ―泥中の花・透明な風の如く
信仰のすすめ―泥中の花・透明な風の如く

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『克己心は一つの才能』

克己心は一つの才能


克己心は一つの才能


克己心を持てること自体が

一つの才能だと思います。

外見にすぐ現れる才能もあるでしょうが、

「自分を高めたい。弱い自分に打ち克ち、

立派な自分になりたい」

という気持ちを持つことも、大きな才能なのです。


「こんなところに、どうして」

と思うような岩の裂け目から、

水がほとばしり出ていることがあるように、

あるいは、石の上にでも

草花が咲いていることがあるように、

克己心さえあれば、どのような困難に陥っても、

必ずや出口が見つかるものです。


大川隆法総裁著『人を愛し、人を生かし、人を許せ』より


人を愛し、人を生かし、人を許せ。―豊かな人生のために
人を愛し、人を生かし、人を許せ。―豊かな人生のために


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『あの世を信じて生きる』

あの世を信じて生きる



あの世を信じて生きる


「死ねば何もなくなってしまう」

と考えるか、

「死後も人格は残る。

一生懸命に努力していれば、

死後も、素晴らしい活躍が続けられる」

と考えるか。

あなたは、どちらに賭けますか。

どちらに賭けたほうが、

あなたは幸福になれると思いますか。

ほんとうの世界を知り、

「どのような生き方をすれば、

どのような世界に行くのか」

ということを知れば、

少なくとも、

死後の世界を恐れる必要は

まったくなくなるのです。


大川隆法総裁著『霊的世界のほんとうの話。』より


霊的世界のほんとうの話。―スピリチュアル幸福生活
霊的世界のほんとうの話。―スピリチュアル幸福生活

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『成功を求める背景』

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成功を求める背景


成功を求めていく背景には、

あくまでも、

「できるだけ多くの人々の

幸福のために、

よい仕事をしたい。

役立つ仕事をしたい」

という志が

前提になければ

いけないのです。


大川隆法総裁著『常勝の法』より



常勝の法―人生の勝負に勝つ成功法則

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『他者の存在自体が愛である』

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他者の存在自体が愛である


みなさんは、

「他者の存在自体がすでに愛である」

ということを知らねばなりません。

「他者の存在を抜きにして、

自分の存在も

向上も幸福もない」

ということを知らねばならないのです。


大川隆法総裁著『愛の原点』より


愛の原点
愛の原点―優しさの美学とは何か


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三次元世界とこの世を超えた世界の喩え

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三次元世界とこの世を超えた世界の喩え



この世にある存在は、この世の一定の法則の下に生きています。
 

たとえば、水をいっぱいに満たした水槽のなかで金魚を飼っているとしましょう。


その水槽のなかには、小砂利もあれば、藻もあります。


そのなかで、金魚が泳いでいて、えさをもらいながら生活しています。


はっきり言えば、これが、この世の世界なのです。


この世の世界は、いわば水槽のなかの世界であり、そこには一定の法則が働いています。



水槽のなかで生きている金魚にとっては、


「この水槽のなかでは、このように生きるしかないのだ」という、厳然とした法則があるわけです。


水槽のなかを泳いでいくと、ガラスの壁に行き当たり、それを越えることはできません。


右に回っても左に回っても壁があり、後ろに退いても壁があります。


下には、地面に相当する底面がありますが、それを割って下に出ることもできません。



このように、水槽には一定の大きさがあり、しかも、そこから出ることはできないのです。


そういう物理的な限界があります。


もっとも、上は開いていて、空はありますが、空を飛ぶことはできません。


また、上に出ると生きていけないことは分かっているのです。


自分の生きている世界にあるものは、底に敷き詰められた白い小石と藻、なぜかときどき得られるえさ、そして、一緒に生きている仲間たちです。


その仲間たちと、いくら会話をしてみても、彼らは、みな、「この水槽のなかだけが現実の世界である。外の世界については分からない」と言います。


外はどのような世界か分からないし、外へ出る勇気もないのです。


ときどき、「自分はジャンプして外の世界を見た」と言う金魚が現れても、その金魚の言うことを、他の金魚は信じることができません。


「ジャンプして外を見ただけではないか。実際に外へ出て探検をし、生きて帰ってきたものなど、いないではないか」と言います。


このように、金魚たちにとって、外の世界は非現実の世界であり、想像するしかない世界なのです。


そういう生き方が地球上の三次元での生き方だと言えます。


金魚たちの意見には、まことにもっともな面があり、それを否定することは、水槽のなかにおいては難しいでしょう。


そこに、突然、羽の生えた金魚が登場し、外の世界に出て、帰ってくることができたならば、どうなるでしょうか。



羽の生えた金魚が、水槽の外に出て、外の世界を飛び回ったりして探検をし、帰ってきて、その内容を話したならば、どうなるでしょうか。


おそらく、仲間たちから、「信じることはできない」と言われ、袋叩きにされるか、村八分にされてしまうでしょう。

これが宗教の置かれている状況だと思うのです。



ほんとうの世界の話をいくら述べても、人々が聞く耳を持たないことには、一定の理由があります。


それは、「生存している世界が違うので、理解できない」ということです。


大川隆法総裁著『神秘の法』より


神秘の法―次元の壁を超えて
神秘の法―次元の壁を超えて

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